2017/05/01

【反天連からのよびかけ】03


「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」!?
──違憲の法律はいらない! 天皇は憲法違反の象徴!!

 2017年4月28日
反天皇制運動連絡会

●「国民の理解と共感」というデタラメ!

 「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の全体像が見えてきた。法案名が最終的にこれに落ち着いたのは四月二六日。政府がこだわった「今上天皇」や「天皇陛下」が削除され、付則が「皇室典範の特例として天皇の退位について定める特例法は皇室典範と一体を成す」と修正されることで、「一代限り」の意味を緩和したことによるという。以下でその概要を見てみよう。
 一条には、天皇が被災地訪問などについて、高齢を理由に、今後これらの活動を自ら続けることが困難となることを「深く案じておられる」との事情を記し、その「お気持ち」への「国民の理解と共感」により、退位を成立させるといったことが盛りこまれるという。
 天皇の勝手な事情から「国民」が天皇の退位希望を忖度し、「国民の理解と共感」によって退位とする?
 こんな条文から始まる法律自体が許しがたい。まずもって、憲法はこのような「象徴」と「国民」の関係のあり方を認めてはいない。また、私たちは「理解と共感」などしていないし、それを求められてもいない。何よりも、退位を決めた主体・責任者は一体どこにあるというのか。
 そしてこの一文によって、天皇の意向で法改正(「特例法」)に至った経緯=天皇の国政関与という憲法違反を帳消しにするというのだから、その稚拙な隠蔽工作も含め、天皇と政府による立憲主義破壊は甚だしい。私たちは、天皇の「退位」の意向表明は「皇室典範」改正の要求を意味し、天皇が国政に関与することを禁止する憲法に違反していることを訴えてきた。このことは、少なくない人びとによっても指摘されている。第一条は、こういった天皇の違憲行為を指摘し抗議する声を封印し、「国民の理解と共感」という虚妄あるいは妄想で正当化しようとする詐欺のような条文である。そのうえ、政府関係者には「天皇の意思ではなく、国民の理解と共感に基づくなら、退位可能という先例になる」と指摘するものもあるという。天皇の意思を忖度する、虚構の「国民の理解と共感」を、今後も勝手な政治のエクスキューズに使おうというのだ。

●身分差別と天皇の違憲行為

 特例法二条以下の概略は以下のとおり。
 第二条「天皇が退位し、皇位継承順位第一位の皇嗣(皇太子)が直ちに即位する」旨を明記。
 第三条、退位後の天皇を「上皇」、皇后を「上皇后」と定める。敬称はいずれも「陛下」とする。

 「上皇」は「太上天皇」の略称だが、「太上」は無上、至上を意味し、天皇と上下関係が出てしまうので「上皇」で収めるという。天皇を至上とするヒエラルヒーが、ここで再確認される。
 以下は、法案を構成する内容として、いま明らかになっている項目だ。

・「上皇家」を補佐する機関として「上皇職」を新たに設ける。
・「皇統譜」に新しい称号となる「上皇」「上皇后」を登録する。
・上皇が逝去した際は天皇と同じ「大喪の礼」を行う。
・上皇、上皇后は天皇、皇后と同じ「陵」に埋葬。
・上皇は皇位継承や摂政の対象とならず、皇室会議の議員にならない。
・養子をとれず皇籍離脱をできない。
・退位の日付にあたる特例法の施行日は、首相が皇室会議で意見を聴いた上で公布から三年を超えない範囲で政令で定める。

 退位後の天皇・皇后については、最高権威となる新天皇に配慮しつつ、しかし退位後も「降格」イメージとならないような呼称・敬称が選ばれた。そして、同じ理由で、死亡すれば「大喪の礼」、墓は「陵」。また、皇族では持てない補佐機関も「上皇職」と名を変えて持ちつづける。要するに退位しても単なる皇族扱い、ましてや「ただの人」ではないのだ。報道によれば、予算も内廷費対象というから格別である。天皇はやめてもほぼ同じ待遇・身分であれば、天皇が二人いるのと同じではないか。
 さらに、退位後の天皇・皇后、新天皇、そして後述する秋篠宮の待遇については、居住場所の変更にともなう経費、「身分相応」の予算、補佐機関の再編など、それに伴う財政的な変更・取り決めも必要になってくる。いまは取りざたされていない皇室経済法の変更も俎上にあがってくるに違いない。
 社会保障・セーフティネットの格下げを余儀なくされているこの社会で、特権階級は庶民感覚では想像もできないほどの税金を使って世代交代を行う。この身分制度を象徴として残し続ける根拠は、憲法の天皇条項にしかないが、その憲法をすら踏みにじる天皇と政府。このような天皇制を日本の伝統・文化と呼び、制度として残すことは、道義的にも制度的にも間違っている。

●めざされる格差是認社会

 天皇退位・新天皇即位後、皇太子不在の事態となる。「皇位」継承者は皇太子の弟・秋篠宮、その次がその息子の悠仁と控えており、「皇太子不在」そのものは制度的に大きな問題とはならない。政府は、次なる継承者である秋篠宮の呼称として、候補に上がっていた皇太子や皇太弟はつかわず、「秋篠宮家」を存続させる方向だ。しかし、公式な場で使うための呼称を新たに定め、「皇嗣」、敬称を「殿下」として、皇太子待遇に「格上げ」する方向で調整に入っているという。秋篠宮が次の天皇となる身分にあることを明確に示すためであることも明らかにされている。英訳は「Crown Prince」。すなわち皇太子である。「他の皇族よりも格が上であると明確にする必要がある」というから、あからさまな話だ。
 予算も皇太子待遇だ。これまでなかった秋篠宮家の補佐機関を「皇嗣職」として設けることも検討が始まり、そのための予算もつけられる。そういった関連予算の引き上げは、「皇族費」の増額で対応するという。皇室の構成はより差別化が図られ、身分によって呼称・敬称・予算が違うことを明確にし、法律で定める。これがいま進められている「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の実体である。また、この一連の事態をめぐる報道によって、格差・身分社会を容認させる空気が醸成されている現実も、見逃せない。

●法案の上程と成立を許さず、抗議の声を!

 結局、この天皇の代替わりとは、皇室内部の身分を再編し、「格の高い」身分を増やし、庶民のなけなしの税金が湯水のように使われる、という話だ。
 こういったことのすべてが、天皇による「生前退位」の意向表明から始まり、天皇の意思を「忖度」する議会や「有識者・専門家」たちによって、政治的な水面下の動きとも絡み合いながら、進められてきた結果だ。私たちがいま目にしていることは、憲法も民主主義も当たり前のように踏みにじられている現実である。
 政府は五月二〇日前後にはこの特例法案を上程し、今国会中に「全会一致で成立」させたい考えであるという。そして、天皇「退位」と新天皇「即位」は二〇一八年一二月中に、「改元」は一九年元旦に、という方向で検討に入っているという。「国民の理解と共感」を全面に出しながら、「国民」にひろく意見を聴くことなど一度たりともなく、国会審議すらまとも行わなおうとしない。ただ「早期成立をめざす」という。天皇課題をめぐり、国会で議論する事自体を「不敬」とするこの国の「常識」が、問答無用でこの事態を動かしているのだ。
 天皇(制)が抱える、これから始まるだろう「安定的皇位継承」という問題もまだ残っている。このことについても、私たちは今後、声を上げていきたい。天皇の、「皇室典範」改正を自らの意志で迫る、あるいは、天皇制の「未来像」を、天皇主導で確定していこうとする、象徴天皇制として明確な違憲行為。そのことによって、議会・言論界が動くこの社会の非民主主義的なありよう。そのすべてに批判の声を! こんな天皇制はいらない、の声を上げていこう!

2017/04/22

沖縄にとっての天皇制と日米安保 「日の丸」焼き捨てから30年、ゾウの檻から21年


[お 話] 知花昌一さん(沖縄読谷村僧侶)
[日 時] 4 月 29 日(土・休)13:00開場/13:30開始
[会 場] 千駄ヶ谷区民会館・集会場
  *JR原宿駅、地下鉄明治神宮前駅・北参道駅
[資料代]800円
*集会後デモ(4時半出発予定)

■2月の安倍・トランプ大統領会談では、「日本の首相はトランプ大統領の心をつかむ方法を教えてくれた。それは媚びへつらうことだ」(米誌タイム)と揶揄されるほど、米国追従外交が臆面もなく展開された。しかし、その一方で、靖國思想、「教育勅語」など大日本帝国型天皇制国家への信奉がますます露わとなる安倍政権。天皇制国家と対米従属という矛盾の激化。
■また、アキヒト天皇による「生前譲位」の意思表明は、天皇の行為を戦前の教訓をもとに厳しく制限した現行憲法のもとでは明確な違憲行為であるにもかかわらず、マスメディア・憲法学者等からはまともな批判がなされず、国会ではその追認(法整備)が、実質審議を避ける方向で、着々と進められつつある。これは、天皇による違憲行為への翼賛的迎合であり、国民主権・立憲主義の自壊ともいうべき危機的事態である。
■またその一方で、警察権力、司法、暴力、金権、右翼勢力までも動員した、沖縄・辺野古での米軍基地建設の強行が示す、三権分立、地方自治すら成立させない「構造的差別」政策による沖縄への基地(安保)の押しつけ。
■こうした情勢の中、今年も、4.28(沖縄デー)と4.29(「昭和の日」=天皇ヒロヒトの誕生日)を射程に、集会・デモをやります。今年の講師は知花昌一さん。1987年の沖縄国体で掲げられた「日の丸」を引きずり下ろし、1996年4月1日には、不法収用状態となった米軍基地(「ゾウの檻」)で「もあしび(宴会)」を行った知花さんをお招きして、自身の体験に即して、天皇制や日米安保の問題を語っていただきます。ぜひ、ご参加下さい。

[主催]天皇「代替わり」と安保・沖縄・「昭和の日」を考える4.29反「昭和の日」行動
【呼びかけ団体】アジア連帯講座/研究所テオリア/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制運動連絡会/ピープルズプラン研究所/「日の丸・君が代」の強制反対の意思表示の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

2017/02/02

天皇制はいらない! 「代替わり」を問う 2.11反「紀元節」行動に参加を!


▼日時 2017年2月11日(土)デモ:13時集合(13時30分出発)
討論集会:15時
*今回は、デモのあとに集会です

▼場所はいずれも
日本キリスト教会館4F
地下鉄早稲田駅

〔問題提起〕
井上森●立川自衛隊監視テント村
京極紀子●「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会
酒田芳人●安倍靖国参拝違憲訴訟弁護団
桜井大子●女性と天皇制研究会
藤岡正雄●はんてんの会・兵庫(兵庫反天皇制連続講座)

 2016年夏の、明仁天皇の「生前退位」意向表明と「ビデオメッセージ」によって、天皇主導の「天皇代替わり」が始まった。政府が設置した「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の第6回会合は、天皇の「公的行為」について、その時々の天皇が「自らの考えで程度、内容などを決めていけばよい。天皇、時代によって異なるべきだ」との認識でおおむね一致したと報じられている。「国事行為」以外の「公的行為」という天皇の違憲の行為を追認しただけでなく、その「公的行為」の内容さえも、天皇が決めてよいという見解を示したのだ。「公務」の拡大を通じた天皇の行為の拡大や、政教分離違反の皇室祭祀の政治的前面化は、安倍政権の下ですすめられようとしている改憲プランとも一致している。
 すでに、2019年中の「即位・大嘗祭」が日程に上り始めている。私たちは、神武天皇の建国神話にもとづく天皇主義の祝日(「紀元節」)である2.11反「紀元節」行動を、「代替わり」状況のなかで、天皇制がどのような方向に再編成されようとしていくのか、そして、それと現実的に闘っていくために何が課題かということを、各地で闘いを開始している人びとと意見をかわしながら、「代替わり」過程総体と対決していく行動を共同で作り出していくための場にしていきたい。多くの皆さんの参加を訴える。

天皇制はいらない! 「代替わり」を問う2・11反「紀元節」行動

【呼びかけ団体】
アジア連帯講座/キリスト教事業所連帯合同労働組合/研究所テオリア/市民の意見30の会・東京
スペース21/立川自衛隊監視テント村/反天皇制運動連絡会/「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会
ピープルズ・プラン研究所/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動者評議会

2016/09/04

【反天連からのよびかけ】02 違憲の『天皇メッセージ』が民主主義を押しつぶす ――この異様な状況に批判の声を上げていこう


【反天連からのよびかけ】02   2016年8月28日

違憲の『天皇メッセージ』が民主主義を押しつぶす
――この異様な状況に批判の声を上げていこう


 「生前退位」意向表明が政府や宮内庁を飛び越えたメディアへの「リーク」という形式でなされ、天皇の「Xデー」状況は開始された。そしてまた、メディアに事前に予告され、8月8日には、あたかも昭和天皇が「終戦詔書」を読み上げた「玉音放送」さながらの演出で、「天皇メッセージ」がビデオ放映された。

●違憲行為の当事者たちの責任を明らかにさせよ

 天皇が、憲法をはじめとする法制度や国家の政治に関与することは、憲法に明確に違反しており、決して許されてはならない。現在の憲法における「天皇の地位」や権能の制限は、何よりも大日本帝国憲法下において、天皇の権力が、内閣による「輔弼」という形式をとりつつ、政治への統治権としても、また軍に対する統帥権としても、実質的に行使され続け、「戦争の惨禍」を起こしてきたことを否定し、「国民主権」のもとに位置づけるためのものである。
 それにもかかわらず、今回の「天皇メッセージ」は、発言の中で「摂政を置くこと」や「代行」による対応などを拒否し、同時に、直接の表現を避けつつ、憲法や皇室典範に規定のない「生前退位」を強く望んでいることを明らかにした。天皇がその機能を果たせない状態のときに向けて、あらかじめ準備されている制度の適用を拒否し、皇室典範などの関連法規の改定によってしかなし得ない内容を、明確に要求したのである。これらは憲法上の規定の否定であり、国政に関する権能の行使であり、はっきりとした違憲行為である。
 天皇は、憲法上の「国事に関する行為のみ」を行なうとされ、その国事行為のすべてについて「内閣の助言と承認を必要とする」と定められている。天皇の違憲行為を認めることが、誰によりどのような経過でなされたものなのか。私たちはまずそれを明らかにさせねばならない。そして、これに関与した政府や官僚、宮内庁関係者や、皇族たち自身の責任をも明らかにさせねばならない。

●違憲性を覆いつつ演出された「天皇メッセージ」

 天皇の地位に関することは、まったく天皇や皇族たちの私事ではありえない。天皇の行為は、憲法上、国家の機関による行為としてあるのだ。ところが、メディアのすべて、さらに大多数の「有識者」たちが、この「天皇メッセージ」の違憲行為を見ぬふりをしてむしろ賛美し、「国政に影響を及ぼすものではない」とする政府首脳の発言をも追認している。
 明仁天皇によるメッセージは、憲法にかかわる多くの重要な問題の変更が、個人的な決断によって可能となるかのような前提に立っている。外形的には穏やかな「語りかけ」のスタイルをとりながら、実現されようとするものは、まさに天皇自身による天皇制の大幅な転換なのだ。このメッセージを引き金として、関連する法律の改定や立法の準備がすでに開始されている。これはきわめて異様な事態である。日本国憲法の改定を求める発言すら、メディアには流通しはじめている。
 しかし、かつても天皇制の政治権力は、このように天皇の意思を「忖度」する形で行使されてきたのであり、その構造は、「護憲」を義務づけられている天皇や政府権力によって現在も維持されていることが明らかになった。
 このような状況下で、天皇が「退位」を要望したり、天皇に「退位」を要求したりすることが、政治的にきわめて重大な事態を引き起こすこともまた、逆説的にはっきりしたと言わねばならない。私たちはこうした天皇制の構造と政治権力のあり方を、民主主義の立場からも、立憲主義の原則からも、強く批判する。

●天皇が要求する「象徴の立場への理解」

 今回の「天皇メッセージ」の重要な問題点として、さらに挙げられなければならないのは、天皇の行為として、憲法上の「国事行為」のほかに、憲法上の規定のない「象徴としての行為」というものを強調していることである。
 明仁天皇は、憲法第7条に定められた10項の「国事行為」に含まれない、それ以外の多数の行為を、「天皇の象徴的行為」とした。メッセージとして語られた、「国民の安寧と幸せを祈ること」「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅」などのいずれをもがこれに加えられ、「国民を思い、国民のために祈るという務め」であるとしているのだ。
 しかし、天皇による公的な場における「祈り」は、強く政治的な意味を持つ行為であり、個人的な行為としてはあり得ないものである。かつて神道は個別の宗教としての存在ではなく、「国体の本義」などにみられるように、「国体」そのものとして強要され、戦争体制を支えるイデオロギーとして機能してきた。憲法第20条の信教の自由や政教分離の原則は、これを否定するためにこそ設けられたものである。天皇が「国民のために祈る」ことを、「象徴的行為」としてあらためて認めさせようとすることには、たんに現状を追認するにとどまらない重大な問題がある。
 これまで、天皇や皇族たちは、侵略戦争の責任についてあいまいにし、「慰霊・追悼」の儀式を進めてきた。国内での災害があればいち早く被災地訪問を行ない、追悼や慰撫を重ねてきた。また、国体や植樹祭、海づくり大会などをはじめとするイベントのたびに、メッセージを発し、各地を訪れてきた。
 これらは憲法上に規定のないまま実施されているという点で、違憲でありながらも、内閣の助言と承認に基づく「公的行為」とみなされて追認されてきた。しかし、今回の「象徴としての行為」の強調は、こうしたいわゆる「公的行為」論からも逸脱しており、天皇のあらゆる行為を「象徴的行為」として正規に認知させようとする意図をも露わにするものだ。

●天皇制の「伝統の継承」などいらない

 メッセージにおいては、天皇らが「伝統の継承者」であり、「日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくか」とする。こうした発言からは、その「役割」を担ってきたという自負とともに、これを維持し拡大するという強い意志が受け取られる。
 それにもかかわらず、ここで語られた「伝統」の内実は、まったく不明のままだ。それを明らかにせぬまま、天皇の「象徴的行為」の一部であるかのごとく拡大するならば、天皇に関するあらゆることが、多くの捏造も含めて「伝統」として強要されたかつての歴史を、そのまま再現していくことになりかねない。
 昭和天皇裕仁の病気の顕在化と、その死に際して、「自粛」の強制が広く社会を覆った。このことへの、明仁天皇自身による否定的総括が鮮明にされたことは注目される。しかし、裕仁の死後に進められたのは、現行憲法下において根拠を持たない皇室儀礼が、あたかも欠くことのできない「伝統」であり、さらに国家儀礼であるかのごとく認められ、政教分離が掘り崩されていったという事実だ。
 「天皇の終焉」にあたって行われた「重い殯の行事」も、葬儀や即位にかかわる行事も、新たにつくられた「伝統」の一部に過ぎない。日本国憲法体制のもとにあって、「皇室のしきたり」なるものにより「社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶこと」など、そもそもあってはならないことなのだ。

 こうした発言が、老齢化して健康を損なっている天皇に対する「国民」の「情動」を喚起させる形でなされていることは、この問題のきわめて大きな危うさを示すものでもある。
 いままた、天皇の意向について「国民的」討論をという言論が、政府とその意をくむメディアにより組織され始めている。こうした構造は、天皇制を「内面化」させようとするものであり、かつての「国体」意識を再構成させ、これを「護持」させようというものだ。
 私たちは、これらの総体を、強く批判する。

2016/08/03

「聖断神話」と「原爆神話」を撃つ 8.15 反「靖国」行動デモ


■「聖断神話」と「原爆神話」――
この二つの大嘘によって戦後が始まった。 

■この大嘘(神話)は、日本の侵略戦争・植民地支配における天皇制の責任と、無差別大量 殺戮という米国の戦争犯罪を隠蔽するためであった。そして、戦後の米国による核・軍事 力を背景とした世界支配戦略を可能にし、日本では、天皇制の象徴天皇制というかたちでの延命(戦争責任を取らない体制)を可能にした(それによって「靖国信仰」も延命させた)。 

■米大統領がヒロシマ訪問で謝罪しない、日本政府も謝罪を求めない――この歪んだありよ うも二つの大嘘に起因する。こんな戦後は一刻もはやく終わらせなければならない!  71 年前に時間を巻き戻し、天皇制の戦争責任を追及し、あるべき戦後の姿を作り直そう!

■二つの大嘘(神話)を撃つ、8.15 反「靖国」行動に是非参加を!

 
8・15反「靖国」行動デモ

[日時]  2016年8月15日(月) 14:30集合/16:00デモ出発

[集合場所] 在日本韓国YMCA 3階
(JR水道橋駅より徒歩9分、地下鉄神保町駅より徒歩7分)



主催 ●「聖断神話」と「原爆神話」を撃つ 8.15 反「靖国」行動    http://2016815.blogspot.jp/

【呼びかけ団体】 アジア連帯講座/研究所テオリア/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制 運動連絡会/ 「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動評議会

2016/08/01

【反天連からのよびかけ】01 天皇制が主導する「Xデー状況」への反撃を開始しよう! ──天皇も皇族もやめろ、そして天皇制は廃止せよ!


天皇制が主導する「Xデー状況」への反撃を開始しよう!
──天皇も皇族もやめろ、そして天皇制は廃止せよ!

 2016年7月28日
反天皇制運動連絡会

 ●これは「自粛なきXデー」の始まりである

 7月13日、明仁天皇の「Xデー」状況がはじまった。しかもこれまで全く予想されなかったかたちで。
 天皇という地位についている人間の生物学的な死としての「Xデー」へのカウントダウンが始まったわけではない。しかし、天皇の「代替わり」にともなう、新たな天皇制像の演出としての「Xデー状況」は、すでに開始されたと見るべきだ。
 反天連は昭和天皇「Xデー」との大衆的な闘いに向けて1984年に結成された。昭和天皇の「Xデー」においては、病状報道から天皇の死にいたる時期の「自粛」と「弔意強制」が、列島全体を巻き込んだ社会現象となった。それは経済状況にも影響し、何よりもその「息苦しさ」への反発が、天皇制に対する批判的な感覚を広げた。このことはおそらく、天皇制を演出する側にとっても総括すべき点であったはずである。今回の、いわば「自粛なきXデー」状況の開始は、われわれにとっても、前回とは異なる反天皇制運動の展開を要求している。そのことを見すえながら、私たちは多くの人びととの共同の作業として、開始された「Xデー状況」に反撃する闘いを、さまざまなかたちで準備し開始することを呼びかける。

 ●天皇が事態を主導している

 われわれは、今回のそれがまず、天皇自身による「生前退位」の意向表明として始まったことに注目しなくてはならない。これはたんに年老いた明仁天皇が、現役を退きたいと希望しているといった話ではない。NHKによってそれが報じられてすぐに、宮内庁幹部や政府は「報じられた事実はない」「承知していない」と打ち消して見せたが、各メディアは事実としてそれを後追いで報じ、宮内庁もまたNHKへの抗議などはしていない。さらに、首相官邸では、限られた人間しか知らず、何を検討しているかについてさえ極秘のチームが、皇室典範改正に関する検討をすでに進めていたとされる。それをも飛び越えて、天皇の「意向」が唐突に明らかになったのは、明仁天皇自身そして徳仁や文仁らの強い意向がそこに働いていたからであると判断される。
 今回の件は、明仁天皇自身が、「次代」の新しい天皇制を演出する、その主導的な担い手の一人として立つという明確な意思を表明したということを意味する。摂政をおくのではなく、皇室典範の改正が必要な「生前退位」を、明確に希望したこと、それは象徴天皇制を、明仁天皇みずからが主人公となって、積極的に変革し再構築するという宣言なのである。


 ●「国民の天皇」の政治的行為

 「生前退位意向表明」は、昭和の天皇制とは段階を画した「国民の天皇」としての、明仁天皇制をしめくくるものである。
 その即位以来、マスコミ等を通じて演出されてきた明仁天皇制の姿とは、アジアへの外交や沖縄訪問による戦争責任の和解に力を尽くし、国内外の戦跡で死者への祈りを捧げ、さまざまな自然災害の被災者を慰問するなどの「公務」を精力的に行なう、「常に国民とともに」ある明仁と美智子といったイメージであった。しかし、これら一見すると「非政治的」で平和的な、問題ともならないように見える天皇の行為は、現実にはすぐれて政治的な役割を果し続けている。
 たとえば、アジア訪問などにおける天皇の発言は、実質的に天皇制国家の責任も日本軍の責任もなにひとつとらず、ただ口先でだけ「謝罪」のことばを発して終わったことにしようとする日本国家と基本的に同じものである。それがたんなる「口先」ととらえられないのは、「国民統合の象徴」とされる地位に立つ者のことばであり、マスメディアが絶対敬語で無条件に賛美することばであり、ある人たちにとっては侵略戦争の責任者であった昭和天皇の息子のことばであるからだ。国家の儀礼を受け持つのが天皇の役割だが、それは天皇であるからこそ、他の国家機関ではなしえない何ものかを有するものとして演出される。しかし、繰り返すが天皇は国家の機関である。だから天皇のことばを賛美することは、国家のことばを無条件で賛美することと同義である。天皇はそのようなかたちで政治的な役割を果しているのだ。


 ●天皇の「公務」の拡大は違憲だ

 年齢のせいで「公務」が十分果せなくなったという思いが、今回の「生前退位」の意向表明の背景にある、とマスメディアは報じている。明仁と美智子によってさまざまにおこなわれてきた天皇の「公務」を「誠実」に果していくこと。「生前退位」の意味することは、自らが体現してきたそういう象徴天皇制のあり方を、その権威も利用しつつ、明仁天皇から徳仁天皇へと意識的につないでいくことに違いない。それは、息子の妻の病いも含め「不安」の中にある次代の天皇制を、ソフトランディングさせていくという意図に貫かれている。
 だが、憲法で規定された「国事行為」以外の「公務」なるものは、そもそも違憲の行為である。かつて「統治権の総覧者」であった主権者天皇を、「国民主権」のもとでの象徴天皇に衣替えするにあたって、天皇の役割を法的に限定したのが憲法の天皇条項である。認められた「国事行為」以外に「公的行為」なる区分を立て、天皇の「公務」としてひとくくりにすることは、いわば天皇条項の「解釈改憲」にほかならない。そうやって勝手に「仕事」を増やしておいて、それを十分に行なえないから「退位」して代替わりが必要だなどと、「政治に関与しない」はずの天皇が言い出すことは、二重に違憲の、ふざけた言い草なのだ。個人的な事情で国家の制度の変更を迫る。ここにあるのは、身体を有する特定家系の個人を国家の「象徴」とする制度自体の矛盾である。
 今後、天皇の意思を「忖度」して皇室典範改正作業が本格化されていくであろう。すでに、退位後は「上皇」になるのか、今回限りの特例法で、などといった議論も始まっている。皇室制度を安泰にするための「女性宮家」の検討も再浮上するだろう。右派の抵抗も予想されるが、皇室典範の不合理な部分を、合理化しなければならないといった議論が、「陛下の意思」を背景に、「国民的」になされる場がつくりだされようとしている。
 問題なのは、そうした議論の中で、拡大されてきた天皇の「公務」自体の違憲性を、正面から問う言説がほとんど見られないことである。逆にそれを前提とし、それらをより積極的に行なうことが天皇の役割であると言うのである。
 私たち反天連の立場からすれば、体制としての戦後民主主義のなかに埋め込まれた象徴天皇制は、民衆の自己決定としての民主主義とは矛盾するシステムである。生まれによって、特別な身分が保障されるような制度はおかしい。私たちは天皇によって「象徴」され統合された「国民」であることを拒否する。膨大な経費と人員を使って、各地に移動するたびに、人権侵害をひきおこし、批判的な少数言論を抑圧する制度は迷惑である。そうであるからこそ、新たな天皇制の再編強化を意味する「生前退位意向表明」に私たちは注目せざるを得ないし、その違憲性を批判し、そこで具体的に生み出される天皇制の政治と言説に批判的に介入していく。
 天皇も皇族であることもやめよ。徳仁も即位するな。皇族という存在はいらない。そして天皇制自体は廃止されなければならない。

2016/07/29

「聖断神話」と「原爆神話」を撃つ8・15反「靖国」行動


■「聖断神話」と「原爆神話」――この二つの大嘘によって戦後が始まった。
■この大嘘(神話)は、日本の侵略戦争・植民地支配における天皇制の責任と、無差別大量 殺戮という米国の戦争犯罪を隠蔽するためであった。そして、戦後の米国による核・軍事 力を背景とした世界支配戦略を可能にし、日本では、天皇制の象徴天皇制というかたちでの延命(戦争責任を取らない体制)を可能にした(それによって「靖国信仰」も延命させた)。
■米大統領がヒロシマ訪問で謝罪しない、日本政府も謝罪を求めない――この歪んだありよ うも二つの大嘘に起因する。こんな戦後は一刻もはやく終わらせなければならない!  71 年前に時間を巻き戻し、天皇制の戦争責任を追及し、あるべき戦後の姿を作り直そう!
■二つの大嘘(神話)を撃つ、8.15 反「靖国」行動に是非参加を!

 【前段討論集会】
「聖断」のウソ―天皇制の戦争責任を問う


講師●千本秀樹 さん(日本近現代史研究):「聖断」のウソ 天皇制の戦争責任を問う


[日時] 2016年7月30日(土) 17:45 開場/ 18:00 開始

[会場] 文京区民センター 2A 会議室(地下鉄春日・後楽園駅)

[資料代] 500 円


 8・15反「靖国」デモ

[日時]  2016年8月15日(月) 14:30集合/16:00デモ出発

 [集合場所] 在日本韓国YMCA 3階
(JR水道橋駅より徒歩9分、地下鉄神保町駅より徒歩7分)

主催 ●「聖断神話」と「原爆神話」を撃つ 8.15 反「靖国」行動    http://2016815.blogspot.jp/

【呼びかけ団体】 アジア連帯講座/研究所テオリア/戦時下の現在を考える講座/立川自衛隊監視テント村/反安保実行委員会/反天皇制 運動連絡会/ 「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会/靖国・天皇制問題情報センター/連帯社/労働運動活動評議会